ドイツ美術は、ゲルマン民族の文化を基礎とし、10世紀にドイツの前身である神聖ローマ帝国が成立した時から歴史が始まるとされます。そしてヨーロッパの中央に位置するという関係上、フランスやイタリアなど他文化圏の影響を受けながら、独自の発展を遂げてきたのがドイツ美術の特徴といえるでしょう。
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フランク王カール大帝のもとで、ドイツ美術の基礎となるゲルマン芸術が興る。
ドイツの前身である神聖ローマ帝国が成立(オットー1世がローマ皇帝として戴冠を受けたことにより)し、いよいよ「ドイツ美術」として独自の展開をみせるようになる。この時代の美術は「ドイツ・ロマネスク」「オットー朝美術」などと呼ばれている。
木版画、銅版画などが隆盛した。
ルネサンス期にあたり、ゴシック様式が好まれた。ブロンズ彫刻の傑作が創出され、「ボヘミア画派」「ハンブルク画派」「ケルン画派」などの板絵が流行した。
16世紀はドイツ絵画の黄金期といわれる。
17世紀には建築における装飾画が発達し、世紀末にはバロック、ロココ美術が誕生した。一方で三十年戦争で荒廃し、多くの優秀な画家の国外流出を招いた。
20世紀初めに、ドイツを中心として「表現主義」と呼ばれる自然主義・印象主義に対立する芸術革新運動が興った。第一次世界大戦後には、文学、演劇、映画などあらゆる分野に影響をおよぼした。
ナチスドイツが台頭すると、多くの芸術家は「退廃芸術家」として弾圧に会い、自由な芸術文化がドイツから失われた。しかし戦後はバウマイスターはじめ才能ある芸術家たちの手で復興をとげ、現代芸術の基礎を形成した。
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