古代ローマの帝政はいつ始まる?

 

古代ローマ帝政時代とは、古代ローマ史における後半から開始された、「皇帝が集中的に権力を握っていた君主制時代」のことです。帝政時代は古代ローマが「パックス・ロマーナ(ローマによる平和)」と呼ばれる空前の繁栄を享受した時代であると同時に、衰退し、混乱の末領土が分裂し、滅亡に至った時代でもあります。

 

 

帝政の開始

ローマ共和政末期に、内乱を収め地中海世界を統一したアウグストゥスが、紀元前27年にプリンキパトゥス(元首政)を確立したことで帝政が成立しました。アウグストゥスは初代皇帝として、共和制の形式を保ちながらも実質的な君主制を導入し、ローマ帝国の基盤を築きました。この時代、ローマは経済的、文化的に大いに繁栄し、パックス・ロマーナと呼ばれる長期の平和が続きました。

 

パックス・ロマーナとその影響

パックス・ロマーナは、約200年間続いたローマ帝国の黄金時代です。この時期、ローマ帝国は領土を拡大し、経済は繁栄し、インフラも整備されました。道路網や水道、公共施設が建設され、ローマ市民の生活水準は大いに向上しました。また、文化や芸術も花開き、多くの文学作品や建築物が生まれました。

 

帝政の混乱と危機

ローマ帝国の衰退は2世紀末から始まりました。特に3世紀に入ると、「3世紀の危機」と呼ばれる無政府状態に陥り、内乱や経済危機、外部からの侵攻が頻発しました。ディオクレティアヌス(在位:284年〜305年)がドミナトゥス(専制君主制)を展開し、混乱を何とか収拾しましたが、この時期にローマの分裂が進みました。

 

ディオクレティアヌスの改革

ディオクレティアヌスは、帝国の安定を図るために多くの改革を行いました。彼は帝国を四分割し、各地に副帝を置く「テトラルキア(四帝統治)」を導入しました。また、経済改革として、価格統制や税制の改革を行い、軍事的には国境防衛を強化しました。これにより、一時的に帝国の安定が図られましたが、根本的な解決には至りませんでした。

 

帝政の終焉

そして5世紀後半にはゲルマン人の傭兵隊長オドアケルにより、西ローマ皇帝が廃位に追い込まれ、西ヨーロッパの地からローマ帝国は姿を消しました。西ローマ帝国の滅亡は、476年とされています。これは、ローマの衰退が長期間にわたって進行し、内部の腐敗や外部からの侵攻によってもたらされたものでした。

 

東ローマ帝国の存続

なお東方の東ローマ帝国(ビザンティン帝国)に関しては、ゲルマン民族の影響をさほど受けず、西ローマ滅亡後も約1000年存続しました。東ローマ帝国は、コンスタンティノープルを首都とし、文化的にも経済的にも繁栄を続けました。しかし、1453年にオスマン帝国に攻め入られ、滅亡しました。

 

古代ローマ帝政時代は、栄光と衰退の両方を経験した時代でした。アウグストゥスの時代に始まった帝政は、パックス・ロマーナという黄金期をもたらしましたが、やがて内部の混乱や外部からの侵攻により、分裂と滅亡に至りました。その後も東ローマ帝国として存続し、ローマの遺産は中世ヨーロッパや現代にも大きな影響を与え続けています。