ブルボン家

ブルボン家(仏: Maison de Bourbon)は、かつてフランスを中心に権勢を奮った世界屈指の名門一族です。10世紀末から14世紀初頭までフランス王朝を担ったカペー家の支流で、現在のスペイン王家でもあります。当家は婚姻関係により領土を広げ、最盛期にはフランスに加え、スペイン、イタリア南部の両シチリア、イタリア北部のパルマ公国までも支配下に置く、ヨーロッパ最大の宗主権を誇っていました。

 

 

ブルボン家の歴史

王朝の創始

ブルボン家は、ブルボネ地方を所領としていた古い家系に起源を持ちます。13世紀、その家系の女性相続人がカペー家のフランス王ルイ9世の子と結婚し、両者の間に生まれた子が1327年初代ブルボン公家を創設。そしてバロア朝断絶後、1589年にナバラ王アンリ(アンリ4世)が即位したことによりブルボン朝が創始しました。

 

絶対王政の体現

ブルボン家は、ルイ13世からルイ16世の治世にかけ中央集権化を推し進め、フランス絶対王政を体現しました。とりわけ太陽王ルイ14世の時代に王朝は最盛期に達し、徹底した軍隊強化でフランスをヨーロッパ屈指の強国の座に押し上げました。豪華壮麗なバロック様式で、後世建てられる様々な宮殿の模範ともなったヴェルサイユ宮殿は、彼がその治世で巨額の費用と労力をつぎ込み完成させたものです。

 

王統の断絶

ルイ14世は治世末期に対外戦争を繰り返したため、戦費増大によりフランスは財政難に陥るようになりました。そして重税と経済不況による市民の不満はフランス革命を誘発し、ブルボン家は王朝の座から引きずり降ろされてしまいます。ナポレオン戦争後、ウィーン会議にて王政復古が決まりましたが、まもなく七月革命(1830年)が起こされ、改めて王統は途絶えてしまいました。その後は傍系のルイ・フィリップが即位し、オルレアン朝が創始しましたが、これも二月革命(1848年)で倒されたため、少なくともフランスではブルボン朝の命脈は完全に絶たれたのです。

 

スペインでの王政復古

スペインでは、ルイ14世の孫アンジュー公フェリペ5世(在位1700〜46年)の治世からブルボン王朝による支配が続いていました。アルフォンソ13世(在位1886〜1931年)が共和革命で倒され中断していましたが、フランコ独裁を経て、ブルボン家のフアン・カルロス1世が即位し王政復古したため、スペインブルボン朝に関しては、2021年現在も存続しています。ただし現在は、直接の統治は行わず儀礼的な職務に限定される立憲君主という立場です。

 

 
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