フランス政治体制変遷の歴史

フランスの政治変遷

フランスは絶対王政から革命を経て共和制・帝政・王政を繰り返し、現在の第五共和制に至った。政治体制は時代ごとに大きく変化してきた。本ページでは、さらに各時代の特徴や転換点などについても詳しく解説していく。

政治体制の変遷から探るフランス政治の歴史


フランスの政治体制は、ヨーロッパの中でもとくに変化の多い歴史を歩んできました。10世紀にフランス王国として成立して以降、王政が続きますが、18世紀末のフランス革命を境に、その流れは大きく揺れ動いていきます。


革命後は、史上初の共和政体の誕生から帝政、王政復古、そして現在の第五共和政に至るまで、実に9回もの政治的変遷を経験してきました。体制が変わるたびに、国家の理念や権力のあり方も大きく書き換えられてきたわけです。


フランスの政治史は、「国家とは何か」を何度も問い直してきた試行錯誤の連続でした


ここからは、フランス革命以前と以後に分けて、それぞれの政治体制が続いた期間と、その特徴をコンパクトに整理していきます。流れを追っていくと、現在のフランス政治がどこから来たのかも、自然と見えてきますよ。



フランス革命以前

カペー朝成立を告げるユーグ・カペー戴冠の写本

カペー朝成立を告げるユーグ・カペー戴冠の写本
フランス王国の成立を、王権の継承儀礼から直感的に示す。
ユーグ・カペー(941 - 996)の戴冠が新王朝の起点になった。

出典:『Coronation of Hugh Capet』-Photo by Unknown author/Wikimedia Commons Public domain


 


フランス革命が起こる前のフランス地域を見ていくと、政治の形はじつにめまぐるしく変わってきました。共和政に始まり、帝政、王政へ──しかも一度きりではなく、時代ごとに支配のスタイルが塗り替えられてきたんです。
フランス革命は突然生まれた出来事ではなく、こうした長い政治史の積み重ねの先にあった転換点でした。


共和政(古代ローマ時代)

最初に登場するのが、古代ローマの共和政の影響です。この時代、現在のフランス南部はローマの支配下にあり、元老院や市民による政治という考え方が持ち込まれました。
「みんなで話し合って国を動かす」という発想は、当時としてはかなり先進的。後のフランス思想にも、じわじわと影響を残すことになります。


帝政(古代ローマ時代)

やがてローマは帝政へと移行し、政治の中心は皇帝へ集約されていきます。権力の集中と秩序の維持が重視されるようになり、ガリア地方(現在のフランス)もその統治システムの一部として組み込まれました。
道路や都市整備など、ローマ的な支配の形は、この時代にしっかり根づいていきます。


王政(フランク王国時代)

ローマ帝国が衰退すると、この地域を支配するようになったのがフランク王国です。王を中心とした統治が行われ、キリスト教と結びついた政治体制が形づくられていきました。
とくにカール大帝の時代には、王の権威と宗教が強く結びつき、「王が国を治めるのは当然」という意識が広がっていきます。


王政(フランス王国時代)

その流れを引き継ぎつつ成立したのが、フランス王国。ここでは王権がさらに強化され、やがて絶対王政へと進んでいきます。
王は国の象徴であり、政治・軍事・財政の中心。けれどその一方で、貴族や聖職者と一般民衆とのあいだには大きな溝が生まれていきました。この積み重なった不満こそが、後のフランス革命へとつながっていく下地になったんですね。


フランス革命以後

共和政の成立を告げる王政廃止宣言レリーフの写真

共和政の成立を告げる王政廃止宣言レリーフ
1792年の王政廃止を刻むモニュメントの一場面。
フランス革命が共和国へ転じる節目を象徴。

出典:『Proclamation of the abolition of the royalty, 21 September 1792 (Monument to the Republic)』-Photo by Teofilo / Leopold Morice (1843 - 1920)/Wikimedia Commons CC BY-SA 2.0


 


フランス革命が終わって「はい安定しました!」──とは、もちろんいきません。
むしろここからが本番。フランスの政治体制は、共和政と帝政、そして王政が目まぐるしく入れ替わり、まるで試行錯誤を繰り返す実験場のような時代に突入していきます。
フランス革命以後の歴史は、「どの政治体制が最適なのか」を国全体で模索し続けた記録でもあるのです。


第一共和政(1792~1804年)

フランス革命によってブルボン王朝が倒れ、フランス史上ではじめて誕生した共和政体です。王を持たない国家という発想は、当時としてはかなり大胆な試みでした。
ただ、革命直後の社会は混乱の連続。政治も安定せず、その隙間を縫うように頭角を現したのがナポレオンです。彼が実権を握り、やがて皇帝に即位したことで、この共和政は比較的短い期間で幕を下ろすことになります。


理想として掲げられた共和政は、現実の混乱の中で大きな転換点を迎えたのです



第一帝政(1804~1814年)

ナポレオン・ボナパルトが皇帝に即位して成立したのが、この第一帝政です。卓越した軍事的才能を背景に、フランスは一時、ヨーロッパ全体に強い影響力を及ぼしました。
しかし、勢いは永遠には続きません。ナポレオン戦争での敗北をきっかけに情勢は一変し、皇帝ナポレオンは失脚。彼の退場とともに、帝政体制そのものも崩壊していきました。


共和から帝政へ、そして再び体制の転換へ──フランス政治の激しい揺れ動きが、この時代には凝縮されているのです。



復古王政(1814~1830年)

ナポレオンの退場を受けて、ブルボン王朝がふたたび王位に戻り、成立したのがこの復古王政です。一度は革命で否定された王政が、再び舞台に返り咲いたかたちですね。
ただし、政治の中身は富裕層寄りで、民衆の声は置き去りにされがちでした。不満は少しずつ、しかし確実に積み重なり、やがて七月革命というかたちで噴き出します。その結果、王政はまたしても崩れることになるのです。



七月王政(1830~1848年)

七月革命の後、富裕層の支持を背景に、オルレアン家のルイ・フィリップが国王となって始まったのが七月王政です。急進的な変化を避けた、一見すると穏健で安定した体制に見えました。
しかしその実態は、下層民を軽視する政治。経済格差への不満は解消されず、社会の緊張はくすぶり続けます。


王が変わっても、民衆の不満が解消されなければ体制は長く続かない


最終的に、その不満は二月革命というかたちで爆発し、七月王政は意外なほどあっさりと幕を下ろしました。フランス政治の不安定さが、再びはっきりと表れた瞬間です。



第二共和政(1848~1852年)

二月革命によって王政が倒れ、フランスは再び共和政へと戻ります。とはいえ、この体制も安定とはほど遠いものでした。政治の混乱が続く中で台頭したのが、ナポレオン1世の甥であるルイ=ナポレオンです。
彼は次第に権力を集中させ、最終的にはクーデターを決行。皇帝への道を選んだことで、第二共和政は短期間で幕を下ろすことになりました。



第二帝政(1852~1870年)

ルイ=ナポレオンがナポレオン3世として皇帝に即位し、成立したのが第二帝政です。この時代、フランスは都市整備や産業の発展が進み、表面上は安定した国家に見えました。
しかし、その裏で進められた対外強硬路線が大きな転機を迎えます。普仏戦争での敗北により、皇帝自身が捕虜となり、帝政は一気に崩壊してしまいました。


フランスの政治体制は、成功と失敗を繰り返しながら、常に大きく揺れ動いてきました



第三共和政(1870~1940年)

第二帝政の崩壊後に成立した第三共和政は、これまでと比べると比較的長期間続いた共和政体です。議会制を軸にした政治が定着し、近代フランスの基礎が形づくられていきました。
しかし、その体制も永遠ではありません。第二次世界大戦中、ナチス・ドイツの影響下でヴィシー政権が成立し、第三共和政の憲法は破棄されます。ここで、ひとつの時代に区切りが打たれることになったのです。



第四共和政(1944~1958年)

パリ解放後に発足した、いわゆる戦後フランスの出発点となる体制です。民主主義の再建が進められた一方で、植民地の独立運動への対応に苦しみ、内閣は短期間で交代を繰り返しました。
理想はあっても、現実はなかなか厳しい。政治の不安定さが続く中、事態を大きく動かす存在として再び注目されたのがド・ゴールでした。彼の政界復帰をきっかけに、体制そのものを見直す動きが本格化していきます。



第五共和政(1958年~現在)

ド・ゴール主導による憲法改正を経て成立したのが、現在まで続く第五共和政です。最大の特徴は、第四共和政と比べて大統領の権限を大幅に強化した点にあります。これにより、政治的な意思決定が迅速になり、体制としての安定性も高まりました。


度重なる体制崩壊を経験した末に生まれたのが、第五共和政というフランスなりの到達点です


王政から共和政、帝政を経て、何度も立ち止まりながら模索してきたフランスの政治史。その長い試行錯誤の積み重ねが、現在の政治体制へとつながっているのです。



フランス政治史総括

フランスの政治史は、共和政・帝政・王政が何度も入れ替わる、非常に波の大きな歩みでした。古代ローマの政治思想や制度の影響を受けつつ、中世には王権と宗教が結びつき、やがて絶対王政へと進んでいきます。しかし、重い負担を強いられた民衆の不満は蓄積し、ついにフランス革命という大転換点を迎えました。
この革命以降、フランスは「誰が、どのように国を治めるべきか」を問い続ける国家となったのです。
共和政と帝政を行き来する不安定な時代を経て、戦争や社会変動の経験が制度を洗練させ、最終的に第五共和政という比較的安定した体制に到達しました。度重なる失敗と修正の積み重ねこそが、現代フランス政治の土台となっているのです。