フランス政治体制変遷の歴史

フランスの政治変遷

フランスは絶対王政から革命を経て共和制・帝政・王政を繰り返し、現在の第五共和制に至った。政治体制は時代ごとに大きく変化してきた。本ページでは、さらに各時代の特徴や転換点などについても詳しく解説していく。

フランス政治体制変遷の歴史


フランスの政治体制は、歴史的に何度となく変遷しています。10世紀にフランス王国として成立し、18世紀末のフランス革命以降は史上初の共和政体の成立から第五共和政(現在の政体)の成立にいたるまで、9つもの政治的変遷を経ています。以下はそれぞれの政治体制の期間と簡単な特徴です。



フランス革命以前

共和政(古代ローマ時代)/帝政(古代ローマ時代)/王政(フランク王国時代)/王政(フランス王国時代)


フランス革命以後

第一共和政(1792~1804年)

フランス革命によるブルボン王朝の崩壊とともに成立。フランス史上初の共和政体となったが、ナポレオンの権力掌握と帝政開始により短命に終わった。


第一帝政(1804~1814年)

ナポレオン・ボナパルトが帝位についたことで成立した政体。一時ヨーロッパ中を席巻するも、ナポレオン戦争におけるナポレオン敗北とともに崩壊。


復古王政(1814~1830年)

ナポレオンの失脚にともなうブルボン王朝返り咲きにともない成立。しかし富裕層優先の政策を連発したため、民衆に七月革命を起こされ崩壊。


七月王政(1830~1848年)

富裕層に擁立され、オルレアン家のルイ・フィリップが国王となったことで成立した政体。下層民を冷遇したため、二月革命を引き起こされ崩壊。


第二共和政(1848~1852年)

二月革命でオルレアン朝が崩壊にともない成立した共和政体。ルイ=ナポレオン(ナポレオン1世の甥)の権力掌握と、皇帝即位にともない崩壊。


第二帝政(1852~1870年)

ルイ=ナポレオンがナポレオン3世として皇帝に即位したことで成立。普仏戦争でナポレオン3世が捕虜となったことで崩壊。


第三共和政(1870~1940年)

ナポレオン3世が捕虜になり、第二帝政が崩壊するとともに発足した政体。ナチス傀儡のヴィシー政権のもとで、第三共和国憲法が破棄され崩壊。


第四共和政(1944~1958年)

第二次大戦中、連合軍によるパリ解放にともない発足した政体。戦後の植民地独立運動にうまく対応できず、ドゴールの政界復帰にともない崩壊。


第五共和政(1958年~現在)

ド・ゴールの政界復帰と憲法改正にともない成立した現在に続く政体。第四共和政よりも、大統領権限を増大させ政体を安定させた。