日本とバチカンの関係

キリスト教カトリックの総本山バチカン市国は、中世から続く教皇領(教皇国)の継承国で、教皇領との関係まで含めれば、日本との関係も古くは室町時代まで遡ることができます。

 

関係の始まり

1549年にイエズス会のフランシスコ・ザビエルが、布教のために来日したことから、二国間の関係は開始されました。当時ヨーロッパは宗教改革の真っ只中で、ヨーロッパにおけるカトリックの地盤が揺らいでいたことを受け、教皇の意向でザビエルを始めとした宣教師が布教のためアジアに派遣されるようになったのです。

 

日本からは1582年と1613年に天正遣欧少年使節慶長遣欧使節がバチカンへ送られるなど交流が活発化していきました。

 

バチカンとの交流の中で、少なくない日本人がキリスト教に改宗し、キリシタン大名の台頭にも繋がりましたが、17世紀になるとキリスト教が禁止され(禁教令)、布教に来た宣教師は逮捕されるようになってしまいます。その後は明治政府が禁教令を撤廃するまで両国の関係は断絶状態にありました。

 

近代以降の関係

第二次世界大戦中の1942年、日本はアジアの国としては初めてバチカンと正式に国交を結んでいます。(バチカンを調停役として連合国との有利な交渉に入る日本側の目論みがあったようです。)戦後も国交は続き、1958年に在日バチカン公使館が大使館に昇格するなど、良好な関係が続いています。