ハンガリーにおける東欧革命(民主化)

冷戦下ハンガリーでは、ハンガリー社会主義労働者党の一党独裁体制が敷かれていましたが、80年代からの経済低迷を受けて、政府に対する不満の声が大きくなっていきました。

 

そんな中で1989年1月以降、政党活動の自由(複数政党制の容認)や集会・結社の自由を認める法律が可決されるなど、民主化改革が急速に進行。

 

同年10月には社会主義体制を倒し、流血沙汰のない完全な無血革命で共和政に移行したのです。(ハンガリー第三共和政の開始)

 

なお民主化改革の中で行われたハンガリーとオーストリア間の国境開放は、オーストリアを通して、東ドイツ国民が西ドイツに大挙亡命するという結果を招きました。

 

いわゆる「汎ヨーロッパ・ピクニック」を引き起こし、ベルリンの壁崩壊、ドイツ統一、東欧諸国の民主化ドミノ(脱共産)、その末のソ連崩壊のきっかけになったことは、非常に重要です。