フランス第五共和政の特徴

フランス第五共和政は、1958年シャルル・ド・ゴール首相により成立し、現在まで続くフランスの政体です。近年のフランス国内の問題や、国際的立ち位置を理解するためにも、 第五共和政の成り立ちや特徴を理解しておきましょう。

 

 

 

第五共和政の成立

第二次世界大戦後、旧フランス植民地のベトナムやアルジェリアで独立戦争が勃発し、フランスはその鎮圧に追われるうちに財政が火の車となり、第四共和政府は崩壊寸前に陥っていました。そんな中、政治から退いていたド・ゴールは当時の大統領コティの依頼を受け、1958年再び首相に舞い戻ります。そして同年、内閣を安定させるため、大統領の権限を強化した第五共和政憲法を制定することで第五共和政を創始したのです。

 

第五共和制の治世

ド・ゴールは自ら大統領選挙に出馬し当選が決まると、旧植民地アルジェリアの独立を承認しました。彼の政権運営は、NATOからの撤退、核実験、ヨーロッパ経済共同体へのイギリス加盟反対など、強国に媚びない強気の外交姿勢が特徴的でした。

 

第四共和政との違い

植民地対策

第四共和政では植民地の独立を認めない政策でしたが、第五共和政では相次ぐ独立戦争による財政難により独立を認める方向に舵を切りました。

 

大統領権限

第二次世界大戦後の復興の為に作られた第四共和政は議会の権力が強かったため、内閣が変動的で短期間の間に20回ほど変わっています。そこで第五共和制では、国政を安定させるために大統領の権限が大幅強化され、内閣安定を図っています。

 

コアビタシオン

第五共和制ではコアビタシオンと呼ばれる、大統領と首相の政党派が異なる独自のシステムをとっています。

 

第五共和制の政権

ドゴール政権

言わずと知れた第五共和制を創始した政権です。国民の圧倒的支持で長期政権を体現しましたが、1968年の学生運動「五月危機(五月革命)」で地盤が揺らぎ、翌年には崩壊しています。

 

ポンピドー政権

ド・ゴール退任後は新共和連合のポンピドー、フランス民主連合のジスカールデスタンと右派政権が続きましたが、国内経済は悪化する一方で国民の不満が強まっていました。

 

ミッテラン政権

1981年の大統領選挙では、フランス社会党とフランス共和党が選挙協力した結果、ミッテラン政権が樹立しました。社会民主主義政策をベースに、有給休暇の拡大や労働時間の短縮、公共住宅の増築、企業の国有化、社会保障の強化などを行うも、根本的な景気回復には至りませんでした。

 

シラク政権

1995年には社会党を下して当選した保守派のシラクが政権を握りました。2003年アメリカによるイラク軍事介入への反対や欧州連合の加入を見送りなど、在任中は「国民の声を聞く」として高い支持率を得ていました。

 

サルコジ政権

シラクの後継者として2007年、サルコジが大統領に当選。北大西洋条約機構復帰、親米路線への転換など今までの右派と異なる政策を打ちました。しかし、失業率と経済格差の改善には至らず再選はなりませんでした。

 

オランド政権

サルコジの後任として2012年、再びフランス社会党のオランドが当選しますが、経済政策では景気回復を狙って裕福層への減税を行い人気が低迷しました。

 

マクロン政権

2017年の選挙では、フランス大統領選挙初となる左右に属さない当時39歳のマクロンが当選しています。