啓蒙思想

 

(啓蒙とは)あらゆる事物に光をあて、暗がりや未知、無知をなくしていこう。そういう姿勢である。陰に隠れて策謀をたくらむことは、啓蒙思想の担い手から蛇蝎のごとく嫌われた。教育や情報の共有、それにもとづく理性的な判断、これがすべての運営にとって基本であると考えられた。

 

福井憲彦 著『近代ヨーロッパ史』p60より引用

 

 

啓蒙思想とは、17世紀末から18世紀にかけてヨーロッパで流行した、古くから続く偏見や迷信を捨て、合理性や理性を重視し、またそれを広く普及していこうとする考えです。「人間性の解放」を目指す運動ともいえ、発祥地のイギリス・フランスから全ヨーロッパに波及していき、近代市民社会形成の原動力となりました。

 

 

啓蒙思想とは

啓蒙」というのは、「蒙昧(もうまい)を理性によって啓(ひら)く」という意味です。「啓蒙思想を広める」というのはつまり、人々を無知から有知に変え、社会生活の進歩・改善を目指す思想的活動のことを指します。

 

有名な啓蒙思想家

  • ヴォルテール(1694〜1778)
  • モンテスキュー(1689〜1755)
  • カント(1724〜1804)
  • ルソー(1712〜1778)

 

啓蒙思想の始まり

啓蒙思想が生まれた背景には、17世紀「科学の時代(科学革命」を経験したことによる、市民社会の成熟および科学的知識の充実があります。これで人々の、自然や人間に対する宗教的・超自然的世界観が薄まっていき、科学的・合理的な思考を重視する、いわゆる「啓蒙時代」が開始されたのです。

 

啓蒙思想の影響

絶対王政の打破

啓蒙思想は物事に対する批判的・懐疑的・否定的精神を市民に根付かせ、絶対主義や封建的思想、教会など「伝統的権威」に対する批判を強めました。そしてアメリカ独立革命・イギリス革命フランス革命といった、のちに絶対王政を打破する近代市民革命の思想的基盤になったのです。

 

文化の発展

啓蒙思想の拡大により、人々が囚われていた固定概念が払拭され、芸術や哲学など様々な文化領域に革新的な発展をもたらしました。これもまた市民革命と並び、近代市民社会形成に大きく寄与するものになりました。

 

啓蒙思想の限界

啓蒙思想の根本には人間の理性に対する全面的な信頼があります。しかし民衆にただ知恵・真実を与えさえすれば、人類は幸福になり社会がいい方向に進むわけではないことも、しだいに明らかになっていきます。

 
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