ドイツから資金援助を受けて権力を握ったアルゼンチン大統領フアン・ペロン(1895 - 1974)。その政治的な結びつきから、ナチス親衛隊の戦犯を多数匿っていたことで知られる。
アルゼンチンはじめ、南米諸国にはナチスドイツに友好的な国が少なくありませんでした。その理由としては以下のような点が挙げられます。
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南米は大航海時代以降、ずっとスペイン、ポルトガル、イギリスなど西欧列強に搾取され、目と鼻の先の大国アメリカへの反発も根強くありました。その為、「敵の敵は見方」で恨みを抱いている国々を叩いてくれるナチスに、シンパシーを抱く人々が少なくなかったのです。
南米には、ブラジルやアルゼンチンなどにドイツ系移民が多く、「亡命後に暮らしやすい」というドイツ人側の都合と、莫大な資産と優れた科学技術を持つドイツ人を受け入れ、「自国の発展に利用できる」という受入国側の都合で、利害が一致していたというのも大きいでしょう。
ドイツは第一次大戦後、敗戦国として貿易を大きく制限される中、数少ない輸出先である南米との経済関係が深まっていました。政治的にも、例えばアルゼンチンでは、副大統領のフアン・ペロンが、ファシズムの信望者であり、ドイツからの資金援助を受けて権力を握るなど、強い結びつきがありました。
以上の理由から、かつての南米諸国は(もちろん全てではありませんが)親ナチスの傾向が強く、敗戦後、ナチス残党やその協力者の亡命先筆頭となったのです。
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