ブレシアの歴史

ブレシア(伊:Brescia)は、イタリア北西部に位置する、ロンバルディア州に属する都市です。同州では2番目に大きな都市で、古代から中世にかけての遺跡が多く残る観光地としても知られます。また歴史的にイタリアにおける最重要工業都市の1つで、18世紀までは甲冑や武器が大量に製造され、ヨーロッパ全土に輸出されていました。

 

このページの内容
  1. 歴史

 

歴史

古代

ケルト人により建設された都市を起源とし、前200年頃、古代ローマに征服された後はブリクシア(Brixia)の名で呼ばれるようになりました。そして前27年にローマ帝政がスタートすると、ローマ植民地として改めて整備が始まり、水道や寺院、劇場、浴場などが建設され、アルプス以北との交易拠点として発展していきました。

 

中世

西ローマ帝国崩壊後、時代が中世に移ると、東ローマ帝国(ビザンティン帝国)、ランゴバルド王国フランク王国による支配を経て、12世紀以降は自由都市として繁栄。14世紀から16世紀にかけてのルネサンス期にはブレシア派と呼ばれる流派が生まれ、現在も絵画展に当時創出された作品の多くが残っています。

 

近代

18世紀以降、オーストリア帝国がブレシアを支配していましたが、19世紀半ばからイタリア統一運動(リソルジメント)がさかんになり、その中でオーストリア支配に対する反乱が起こります(ブレシアの戦い)。そして1861年にはイタリア統一の完成にともないイタリア王国が成立し、ブレシアもその一都市となったのです。第二次世界大戦ではファシズム勢力に最後まで抵抗し、戦後は自動車や航空機などの工業・製造業の発達で飛躍的な経済成長を遂げています。

 

 
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