ブルボン家とハプスブルク家の関係〜なぜ対立?〜

ブルボン家とハプスブルク家がどのような関係にあったのかわかりやすく教えてください。

フランスのブルボン家とオーストリア(神聖ローマ帝国)のハプスブルク家の関係は基本的に「敵対」でした。

 

その関係は15世紀以来、フランスとオーストリアの婚姻問題や、イタリア利権を巡る抗争(イタリア戦争)など、ヴァロワ家時代からの対立を継承したもの

 

地方分権で統率能力には欠くハプスブルク家にとって、王権強化で急速に国内統一を進め、国力を伸ばすフランス王家は脅威であり

 

また統一を進めたいフランスにとってもブルゴーニュ公国領を抑えるハプスブルク家は邪魔で仕方なかったのです。

 

外交革命

1756年、長年ライバル関係にあった両家が七年戦争を前に同盟を結び、「外交革命」と呼ばれるヨーロッパの国際情勢に大きな変動が起こりました。

 

プロイセンやイギリスという両家にとって脅威となる大国が台頭してきたことが背景にあります。