ボルツァーノの歴史

ボルツァーノ(伊:Bolzano)は、イタリア北東部トレンティーノ=アルト・アディジェ州、オーストリア国境付近に位置する都市です。中世以来、ドイツ文化圏と商業的関わりが深く、ドイツ語ではボーツェン(Bozen)と呼ばれています。

 

歴史

紀元前1世紀、ローマ人に建設された居住地を起源に持ち、西ローマ帝国崩壊後、中世から近世にかけては、神聖ローマ帝国・トレント司教領として長い時間を過ごすことになります。そして18世紀末〜19世紀初頭のフランス革命ナポレオン戦争期におけるフランスによる占領を経て、ナポレオン戦争終結後はオーストリア帝国チロル伯領の支配下に入っています。20世紀に入ると、宗主オーストリア帝国が第一次世界大戦に敗れ崩壊したことで、ボルツァーノ属するチロル伯領はイタリア王国に併合されることになりました。そして同国でファシストが台頭すると、ドイツ系住民の政治影響力を低下させることが目的に、ボルツァーノへはイタリア系住民が多数移住してくるようになるのです。

 

第二次世界大戦

イタリアはドイツ同盟国として第二次世界大戦に参戦するも、戦況悪化により43年には降伏、連合国側に寝返っています。しかしそれを見越したドイツは北イタリアに軍を送り占領してしまい、ボルツァーノはドイツ傀儡のイタリア社会共和国の支配下に置かれることになりました。このドイツ占領期に設置された「ボルツァーノ通過収容所」は、ユダヤ人や政治犯の収監を目的としたイタリア最大級のナチス収容所でもありました。

 

 
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