サルデーニャ島の歴史

サルデーニャ島のビーチ

 

サルデーニャ島は、地中海、イタリア半島の南西に位置するイタリア領の島です。マグロ漁やブドウ・オリーブの栽培がさかんで、イタリア有数の高級リゾート地としても有名です。そんなサルデーニャ島はどのような歴史を辿ってきたのでしょうか。

 

 

名前の由来

「サルデーニャ」の語源は古代に東地中海で活動した海の民の一派「Sherden」に由来するといわれています。ちなみに英語で「いわし」を意味する「サーディンSardin」は、いわしがよく獲れるサルデーニャ島の名前からつけられたそうです。

 

支配の歴史

古代

サルデーニャ島には先史時代から「ヌラーゲ」と呼ばれる民族が住み、高度な巨石文化を有していたことがわかっています。ヌラーゲについては謎が多いですが、「海の民」の一派だったのではともいわれています。

 

有史時代

有史時代になると、前7世紀にカルタゴ、前6世紀にギリシャが殖民を始め、前1世紀にはローマが全土を征服し、同国の支配のもと商業的繁栄をみました。

 

前1世紀にエジプトを征服するまで、サルデーニャはローマ屈指の穀倉地帯のひとつでした。

 

中世

6世紀以降は東ローマ帝国の支配下に入り、8世紀以降沿岸部の都市がイスラム勢力からの攻撃に晒されるようになりますが、ピサジェノヴァがそれを撃退し、共同で島の覇権を確立しました。

 

オーストリアによる支配へ

ピサとジェノヴァが衰退した14世紀以降は、しばらくスペインの支配下に入りますが、18世紀にスペイン継承戦争が勃発すると、オーストリアに支配権が移りました。

 

近代

四国同盟戦争を経て、1720年にサヴォイア家がシチリア島との交換でサルデーニャ島を領有することとなりました。そして、それと同時に王家が「サルデーニャ王」の称号を得たことにより、イタリアの前身であるサルデーニャ王国が成立しています。

 

イタリア王国の成立

19世紀後半から始まった、サルデーニャ王国主導のイタリア統一運動(リソルジメント)の末に、1861年イタリア王国が成立しました。これと同時にサルデーニャ王国が有していたサルデーニャ島もイタリア王国の領土となり、現在にいたります。