オーストリアとスペインのハプスブルク家の違い

オーストリア・ハプスブルク家のとスペイン・ハプスブルク家の違いを教えてください。

ハプスブルク家の分裂により生じた両家ですが、きっかけは

 

  • 婚姻政策によりハプスブルク家がスペインの王位を得るようになったこと。
  • 神聖ローマ皇帝でありスペイン王でもあったカール5世が、マクシミリアン1世の死後オーストリアをはじめとするハプスブルク家の領土を継承したこと

 

にあります。

 

これによりハプスブルク家はフランスやイギリスを除く西ヨーロッパのほとんどの地域を手中におさめることになり、ハプスブルク帝国と称される全盛期を迎えることになりました。

 

しかしカール5世は退位に際し、スペインは息子フェリペ2世に、オーストリアは弟フェルディナント1世に継承させたため、ハプスブルク家は

 

スペイン・ハプスブルク家

 

 

オーストリア・ハプスブルク家

 

に分裂することとなったのです。

 

スペイン・ハプスブルク家は近親婚による遺伝性疾患を患ったカルロス2世(1661〜1700年)の代で断絶し、スペイン王位はフランスのブルボン家が継承することとなりますが、フランスの伸長を恐れる各国が大反発し、スペイン継承戦争(1701〜14年)に発展しています。