
ヨーロッパ文明に対する見方の一つとしてヨーロッパ中心主義(Eurocentrism:ユーロ・セントリズム)というものがあります。これは地球上にあるあらゆる文明のうち、ヨーロッパの文明を特別視し至高の物だとする考え方のことです。現代社会では、政治・司法・医療・芸術・建築・科学・宗教・哲学、あらゆる分野で、ヨーロッパ由来の文化が浸透しており、多くの人が疑いもせず、それを最良のものと受け入れて暮らしています。つまり今私たちが生きる社会はヨーロッパ中心主義そのものといえるわけです。
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「ヨーロッパ中心主義」という言葉が持ち出されるのは、大抵その「最良」とされるものに「それは本当なのか?ヨーロッパ中心主義では?」と問題提起し、批判的に論じる時です。最近になり、ヨーロッパの歴史を根本的に見直そうという動きが、専門的な研究の場で当たり前に行なわれるようになりました。
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今でこそ、グローバル社会で、ネットで広く世界が見渡せるようになり、アジアやアフリカからも様々な優秀な人材が活躍するようになったことで、典型的な「ヨーロッパ中心主義」はあまり見なくなりました。しかし、そもそもなぜこのような考え方が広まったのでしょうか。これはヨーロッパがたどってきた歴史が大きく関係しています。
というのも、15世紀〜17世紀頃までは、世界の覇権を握っていたのはヨーロッパではなく中国やインドといったアジアの大国でした。しかし18世紀の産業革命で急速な経済発展・技術革新をとげたヨーロッパは、アジアに対する下克上を果たし、一挙に世界の中心に躍り出たのです。そしてヨーロッパ列強に征服された国では、自国の文化や歴史、技術よりもヨーロッパの文明を上等な物とする価値観が広まっていきました。これがヨーロッパ中心主義の始まりとなりました。
日本は明治時代に入り、あらゆる西洋文化を取入れ、それまでの伝統的な生活を一変させました。ヨーロッパの植民地主義に睨みを利かせる立場ながら、ヨーロッパ由来のシステムを国家運営の主軸にするという矛盾を抱えるようになります。この「自己植民地化」の動きには当然反発もありましたが、西洋文明の導入は近代化を急速に推し進め、着実に国力を強化。数十年もすると中上流階級の人々はほぼ欧州化していたのです。戦後はアメリカの強い文化的・政治的影響のもと、日本社会の隅から隅までヨーロッパ的なものが浸透していきました。
こういった歴史的経緯があるので、現代日本人には無意識レベルで「ヨーロッパ中心主義」は存在します。しかし良い悪いで考えず、これを機にあえて自分の中の「ヨーロッパ中心主義」を意識して暮らしてみると、また見えてくる世界が違い、面白新しい発見があるのではないでしょうか。
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