カターニアの歴史

カターニア(伊:Catania)は、イタリア・シチリア州東部に位置する都市です。イオニア海に面し、北方にはエトナ火山がそびえています。人口規模では州都パレルモに劣るものの、シチリア農業の最大拠点であることから、その経済的重要性はパレルモ以上といえるでしょう。

 

 

歴史

古代〜中世

紀元前8世紀頃、古代ギリシャ人がシチリア島東部に建設した植民市が都市の起源となりました。北方にヨーロッパ最大の活火山エトナ山を擁することから、ギリシア人からは「溶岩の土地」の意で「カタネ(katane)」と呼ばれ、これが現都市名の由来となりました。前3世紀以降はローマの支配下に入り、ローマ劇場や公衆浴場が建設されるなど、都市機能が充実していきました。ローマ帝国崩壊後のシチリア島は、イスラム勢力による占領期が長らく続きましたが、11世紀後半にノルマン人が代わり支配者になり、以後シチリア王国の本土として栄えるようになります。

 

近世〜現代

火山の噴火

17世紀、エトナ火山噴火にともなう溶岩と地震で、1万人を超える死者が出る大災害に見舞われています。今のカターニア市街にバロック様式の建物が目立つのは、この時倒壊した建物のほとんどが、バロック様式で再建されたためです。

 

マフィアの抗争

1990年代マフィアの抗争が勃発し、イタリア最悪の治安状態に陥りますが、取り締まりが強化されると共に治安も回復し、2002年には街並みそのものが世界遺産に指定されることで、観光客でも賑わうようになりました。

 

 
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