フェニキア人の国家として建国され、前6世紀頃には海上交易国家として最盛期を迎えましたが、前3世紀頃から、向かい合うイタリア半島から台頭してくるローマと対立するようになります。
その結果、ポエニ戦争と呼ばれる、第一次(前264年〜前241年)、第二次(前219年〜前201年)、第三次(前149年〜前146年)と三次にわたる戦争を戦いましたが、そのすべてにカルタゴは敗れ、最終的には町を徹底的に燃やし破壊され滅亡したのです。
ジョヴァンニ・バッティスタ・ティエポロにより描かれた、ローマに蹂躙されるカルタゴの様子。
第二次ポエニ戦争に敗れた時点ではまだ、賠償金を払った上で、ローマの同盟国として生き残っていましたが、カルタゴの復興を恐れたローマが第三次ポエニ戦争に踏切り、復活の芽を完全に詰んでしまいました。そしてカルタゴの滅亡でローマが西地中海の覇権を握ることとなり、同国による世界帝国建設への大きな一歩となりました。
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