ロンバルディア州

ロンバルディア州(伊:Lombardia)は、イタリア北西部に広がる州です。自動車・鉄鋼・製紙など各種工業が発達し、1000万以上の人口を擁する国内最大の経済圏となっています。州都はイタリア第二の都市ミラノ

 

 

歴史

古代

古代において現ロンバルディア州にあたる地域は、ローマ人から「アルプスよりこちら側のガリア」という意味で、ピエモンテ州やエミリア・ロマーニャ州などと一括りに「ガリア・キサルピナ(ラテン語:Gallia Cisalpina)」と呼ばれていました。前3世紀頃にはローマの属州となり、前1世紀末の帝政移行と同時に、第11行政区「トランスパダナ」が置かれています。

 

中世

6世紀からは「ロンバルディア」という州名の語源にもなったランゴバルド王国がこの地方を治めるように。8世紀にはランゴバルド王国を滅ぼしたフランク王カールが「ロンバルディアの鉄王冠」を載冠し、イタリア王の座についています。

 

ロンバルディア同盟

12世紀、神聖ローマ帝国(後のドイツ)の影響力が増大すると、この地方の諸都市はロンバルディア同盟と呼ばれる経済同盟を結成し、これに対抗します。その結果諸都市は自治を勝ち取り、自由都市として政治的・経済的・文化的に繁栄を謳歌するようになりました。

 

ローディの和

14世紀にはヴィスコンティ家の支配するミラノがこの地方の中心的存在になり、同世紀末、ミラノ公国が成立しています。以後北東の強国ヴェネツィア共和国と対立し、ローディの和(1454年)で講和するまで、断続的な抗争が続けられました。

 

近代

ミラノ公国が衰退すると、この地方の宗主はスペイン、オーストリアへと移っていきます。ナポレオン戦争(1802〜1815年)の勃発で、一時フランス支配下にありましたが、ナポレオン失脚後は、オーストリア傀儡のロンバルド=ヴェネト王国の支配下に置かれました。

 

イタリア統一運動

19世紀後半、ロンバルディアはイタリア統一運動(リソルジメント)の中心地となり、1859年には統一運動を主導したサルデーニャ王国へ併合。1861年にはイタリア統一の完成によりイタリア王国が成立し、ロンバルディアもその一地方となった後、急激な工業発展の恩恵を受け、国内でもとりわけ近代化の進んだ地方に成長しました。

 

 
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