レッジョ・エミリアの歴史

レッジョ・エミリア(伊:Reggio Emilia)は、イタリア共和国北東部、エミリア・ロマーニャ州に属する都市です。中世来の歴史を持つモデナ・レッジョ・エミリア大学がある他、パルミジャーノ・レッジャーノチーズの産地としても有名。15世紀初頭から18世紀末にかけては、有力貴族エステ家により支配されていました。

 

このページの内容
  1. 歴史

 

歴史

古代

レッジョ・エミリアは、前2世紀頃、古代ローマに建設された町を起源に持ちます。ローマにおけるエミリア街道沿いの交通の要衝となり、やがて自治都市「レギウム」として繁栄を享受するようになりました。

 

中世

西ローマ帝国滅亡後は、東ゴート王国ランゴバルド王国フランク王国の支配を経て、11世紀にはトスカーナ辺境伯領に。12世紀には自由都市に昇格し、城壁が建設されるなど要塞化が進行、北イタリア諸都市の経済同盟ロンバルディア同盟(1167年に結成)に加わったこともあり、都市の経済的繁栄は頂点に達しました。全盛の時代に進められた、独自の通貨制度・司法制度の整備、大学の建設などは、後世イタリアの社会制度・商業・芸術・学問に大きな影響を与えています。

 

近代

19世紀後半、イタリア統一運動(リソルジメント)が活発になる中、1860年の国民投票で、サルデーニャ王国への併合が決定。そして翌1861年の統一完成とともにイタリア王国が成立し、レッジョ・エミリアも同国の一部として運命を共にすることとなりました。20世紀以降は急速な工業発展とともに、経済成長と人口増加を遂げていきました。

 

 
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