ダレイオス1世とは何をした人?~アケメネス朝ペルシアの王~

ダレイオス1世とは

ダレイオス1世は紀元前6~5世紀のアケメネス朝ペルシアの王であり優れた行政官であった。大帝国の統治機構を整備しギリシア遠征を行ったことで知られる。本ページでは、このあたりのバックグラウンドと後世への影響について詳しく掘り下げていく。

ダレイオス1世とは何をした人?~アケメネス朝ペルシアの王~


ダレイオス1世の基本情報

 

生年:前550年頃
没年:前486年
別名:大王
功績:サトラップ制度の整備、「王の道」の建設


ダレイオス1世(前550年頃~前486年)はアケメネス朝ペルシアの王です。ゴーマータを処刑して王座を奪った後、ダレイオスの治世を不満とする各地の反乱を鎮圧して権力の基盤を固めました。その後はエジプトや小アジアを征服し「サトラップ (州総督)」と呼ばれる地方行政制度を整備し、中央集権機構を確立しました。そして宗教面では被支配民族に信仰の自由を認める寛容政策を実施し統治を安定、経済面では税制を整え、道路(通称「王の道」)や運河の建設など交易路を整備することで、商業的な繁栄をもたらし、アケメネス朝ペルシアの全盛期を創出したのです。なお前500年ギリシア征服を目論みペルシア戦争を開始するも、アテナイスパルタを中心とするギリシア連合軍の抵抗にあい断念しています。



ダレイオス1世の功績

ダレイオス1世最大の功績は、小アジアからインダス川にいたるオリエント世界を征服し、ペルシア大帝国を築き上げたことといえるでしょう。これにより中東における文化の基礎が築かれました。


地方に「サトラップ」と呼ばれる地方官(監察官(通称「王の目」)と補佐官(通称「王の耳」))を置く、地方行政制度を確立し、「王の道」と呼ばれる中央と地方を結びつける道路網を構築し、駅伝制を整備することで、広大な領域の統治を実現させていたのです。


さらに彼が残させた即位の経緯や政治・軍事的成果を記したベヒストゥン碑文は、楔型文字と古代ペルシア語解読に大きく寄与したことも知っておきましょう。

ダレイオス1世の逸話

  • 幼少期にはカンビュセス2世(アケメネス朝ペルシア第2代の王)の槍持ちとして親衛隊にいたという。
  • 「ダレイオス」とは古代ペルシア語で「ダーラヤワウ」であり、「確固たる善を保持する者」という意味の即位名である。