サルデーニャ王国はなぜクリミア戦争に出兵したの?

サルデーニャ王国のクリミア戦争出兵目的

サルデーニャ王国のクリミア戦争出兵目的は、国際的地位の向上であった。列強と肩を並べて参戦することで、イタリア統一を有利に進める外交的足掛かりを築こうとした。本ページでは、王国の外交戦略やイタリア統一運動、19世紀ヨーロッパの国際秩序を理解する上で重要なこのテーマについて、より詳しく探っていこうと思う。

サルデーニャ王国はなぜクリミア戦争に出兵したの?

サルデーニャ王国がオスマン帝国とロシアの戦争であるクリミア戦争に参戦したのはなぜですか?

ロシアの南下政策の帰結としてクリミア戦争(1853~56年)が勃発すると、サルデーニャ王国イギリスフランスとともに、オスマン帝国を支援しました。


そして、サルデーニャ王国が参戦したのは、フランスに恩を売って見返りを得ようとした意図があったためです。


その「見返り」というのは、事実上主従関係にあったオーストリアからの独立であり、そのためには、フランスやイギリスのような大国と同盟関係を結ぶ必要があったのです。クリミア戦争はまさにその絶好の機会でした。


1万5千の将兵をクリミア半島へ送り、戦争終結に大きく貢献したサルデーニャ王国首相カミッロ・カヴール


そして実際にオスマン帝国の勝利に貢献したことで、プロンビエール密約(1858年)でフランスからの支援を確約させ、1859年オーストリアに宣戦布告・イタリア統一戦争を開始。2年後の1861年、無事目的を達成し、イタリア王国を成立させたのです。