株式投機の過熱、過剰生産、所得格差の拡大、そして国際金融の不均衡が恐慌の背景にあった。アメリカ発の危機が金本位制を通じて世界に拡散した。本ページでは、さらに経済構造の問題や国際情勢との関連などについても詳しく解説していく。

世界恐慌後のイタリアの政策
イタリアはムッソリーニ政権の下で経済統制を強化し、自給自足体制の確立を目指した。対外的には侵略政策で資源確保を図った。本ページでは、さらにコーポラティズム政策や対外戦争などについても詳しく解説していく。
世界恐慌の影響の1つとして、大不況による社会不安からファシズムの台頭に繋がったと説明されることが多いですが、イタリアではすでに、第一次世界大戦後の混乱を背景に、1922年以降、ムッソリーニ率いるファシスト党が始まっていました。
そして一党独裁体制による強力な経済政策で、戦後の不景気からは脱しかけて、積極的なマフィア対策により治安も改善するなど、ファシズム独裁とはいえ、それなりに成果はあがっていたのです。
しかし1929年に世界恐慌が発生すると、イタリアでも労働者の失業や賃金引下げなど目に見えて経済が息詰まるようになります。禁止されていたストライキも発生するほど国民は苦しくなり、これを受け1932年に「強制カルテル設立法」が制定し、重要産業を統制しました。
また英仏などがブロック経済に踏み切ったため、資源や植民地に乏しいイタリアは、エチオピア侵略など軍事拡大・侵略政策を推し進めるようになりました。
第二次エチオピア侵攻(1935 - 1936)おける戦勝を報じるイタリアの新聞
そして世界恐慌の煽りでファシズム国家と化したドイツと接近、軍事同盟を結成するなど、着実に第二次世界大戦の下地を固めていったのです。
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