産業革命による人口増加とその影響について

産業革命がもたらした変化って、技術や工場のことばかり語られがちですが、実は「人の数」にも大きなインパクトがあったんです。工場が増え、都市が膨らみ、気づけば人があふれる社会に──でもその裏には、思いもよらぬ問題も潜んでいました。今回は、産業革命期における人口の増加と、それによって引き起こされたさまざまな影響を、都市生活や感染症の観点からわかりやすくかみ砕いて解説していきます。

 

 

人口増加の背景

まずは、なぜ産業革命によって人が急激に増えることになったのか、その根本的な要因を見ていきましょう。

 

農業革命と食糧事情の改善

産業革命の少し前に起こった農業革命により、農地の囲い込み(エンクロージャー)や農具の改良が進みました。その結果、食料の安定供給が実現し、飢餓が減ったことで死亡率が大幅に低下したんです。

 

都市への大量流入と出生率の高さ

工場の労働力を求めて多くの人々が農村から都市部に移住。当時のイギリスではまだ避妊の習慣も浸透していなかったため、出生率も高水準。こうして都市部の人口は爆発的に増加していきました。

 

都市の過密化がもたらした影響

人口が増えれば、それだけ街もにぎわって便利になる…と思いきや、そんな単純な話ではありませんでした。

 

住宅不足とスラム化

ロンドンやマンチェスター、バーミンガムといった都市では、急増する労働者に対応しきれず住宅不足が深刻に。結果として多くの労働者は粗末な長屋スラムに押し込まれることになり、清潔な水やトイレも整備されていない劣悪な生活環境で暮らす人が激増しました。

 

インフラ未整備による公衆衛生の悪化

上水道や下水道の整備が追いつかない中で、生活排水や糞尿がそのまま街に流れ出す状態に。これが飲み水に混ざることで、都市ではさまざまな感染症が蔓延するようになりました。とくに有名なのが、ロンドンで起こったある大規模な病気の流行事件です。

 

ブロード・ストリートのコレラ禍

1854年、ロンドンのブロード・ストリート地区では、短期間で600人以上が死亡するコレラの大流行が発生しました。このとき活躍したのが、医師ジョン・スノウ。彼はコレラが「空気感染ではなく、水が原因だ」と主張し、感染源となっていた井戸のポンプの取っ手を外すことで流行を食い止めることに成功しました。

 

そしてこの出来事をきっかけに、イギリスではようやく下水道整備や上下水分離の必要性が理解されるように。人口増加と都市化がもたらした負の側面に対して、科学的な対策が始まる第一歩になったのです。

 

ブロード・ストリートのコレラの大発生
1854年、人口過密のロンドン中心部でコレラの大発生が起き、616人の死者が出た

 

産業革命による人口増加は、都市の発展や経済成長を促す原動力となりましたが、それと同時に生活環境の悪化や感染症のリスクという深刻な課題も生み出しました。人の数が増えることの影と光、その両面を見ておくことが大切なんですね。