
サルデーニャ王国(伊:Regno di Sardegna)は、18世紀から19世紀にかけ、現イタリアのピエモンテ州、リグーリア州、サルデーニャ州などを支配していた、イタリア王国の前身となった国家です。サヴォワ(現在のフランス南東部)出身のサヴォイア家が代々君主を務める王政国家でもありました。なお拠点がイタリア半島のピエモンテ地方に置かれていたため、ピエモンテ王国とも呼ばれます。
サヴォワ(フランス南東部)を発祥とするサヴォイア公国が前身です。同国は徐々にイタリア方面へと勢力を拡大。1720年、シチリアを手放す代わりにサルデーニャ島の支配権を獲得し、「サルデーニャ王」の称号を得たことで、サルデーニャ王国として生まれ変わりました。
サルデーニャ王国は19世紀中期より、イタリア統一運動(リソルジメント)を主導。当時イタリア半島を支配していたハプスブルク家やブルボン家の掃討に乗り出し、1861年ジュゼッペ・ガリバルディによる南イタリア征服をもってイタリア統一を完成させました。そして新たに建国されたイタリア王国の君主号は、サルデーニャ王国に引き続きサヴォイア家が世襲していくことになりました。
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