ヒンデンブルクとは何をした人?〜「沈黙の独裁」を確立〜

ヒンデンブルク

 

ヒンデンブルクの基本情報

 

氏名:パウル・フォン・ヒンデンブルク
誕生:1847年ポーランド
死没:1934年ポーランド
官職:大統領
実行政策:「沈黙の独裁」を確立、ヒトラーを首相に任命

 

ヒンデンブルク(1847年 - 1934年)はドイツの軍人、政治家です。政治姿勢は強硬な保守反動で、第一次大戦末期に「沈黙の独裁」と呼ばれる軍事独裁体制を敷いたことは有名。

 

そんなヒンデンブルクは、プロイセン貴族ユンカーの軍人家系出身で、普墺戦争・普仏戦争への従軍を経て、第一次世界大戦では軍司令官として華々しい戦果をあげ、一躍国民の英雄となりました。

 

戦後は敗戦責任を左翼勢力に帰す言動を繰り返し、反ワイマール気運を醸成。1925年大統領に当選し、1933年ヒトラーを首相に任命し組閣を命じたことで、ワイマール体制の崩壊、第三帝国の現出を招きました。なお自身はそれがどんな結果を招くことになるか知ることもなく、翌年死亡しています。

 

ヒンデンブルクとヒトラーの関係

ヒンデンブルクは特にナチスの思想に共鳴していたわけではなく、むしろ大言壮語なヒトラーを毛嫌いし、一時はナチスの活動を禁止していたくらいでした。しかし第一次世界大戦で「背後からの一刺し」で敗れたにすぎないとする見解ではヒトラーと一致し、本人に自覚はなかったとはいえ、彼の当選はドイツがファシズム国家に変貌する第一段階だったといえます。

 

そして世界恐慌の最中、もはやナチスへの熱狂を抑えられなくなったことで、大統領としてヒトラーを首相に任命し、ナチス政権樹立への道を開いてしまいまったのです。ヒンデンブルクはもとは第一次世界大戦の英雄であり、戦間期にはドイツ各地に彼の名にちなんだ命名がなされましたが、ファシズムの片棒を担いだということで、ナチス崩壊後は改名が相次ぎ、今ではほとんど姿を消しています。