パリ講和会議とヴェルサイユ条約の違いは?

パリ講和会議とヴェルサイユ条約の違い

パリ講和会議は戦後処理全般を協議した国際会議で、ヴェルサイユ条約はその中でドイツとの講和条件を定めた個別条約である。両者は規模や対象国が異なる。本ページでは、さらに他の講和条約や関連協定などについても詳しく解説していく。

パリ講和会議とヴェルサイユ条約の違いは?

第一次世界大戦の終結後、ヨーロッパの地図は大きく変わりました。その中心にあったのがパリ講和会議とヴェルサイユ条約なわけですが、これら二つはどう違うの?と混乱している人もままいるようなので、簡単に解説しておきます。




パリ講和会議とは

1919年に開催されたパリ講和会議は、第一次世界大戦の終結後の世界秩序の再編を目指したものでした。当時の勝利国、フランスイギリスアメリカなどが主導し、敗戦国に対する和平条件の設定や新国家の成立、領土問題の解決などが議論されました。


ヴェルサイユ条約とは

そしてパリ講和会議で議論された中でも最も注目されたのが、ドイツに対する和平条約であるヴェルサイユ条約でした。この条約は、ドイツの戦争責任を明確にし、その結果、ドイツには重い賠償責任が課されました。この処罰的な内容が、後の第二次世界大戦へと繋がる遠因となりました。


つまりはパリ講和会議で話し合って作り上げた講和条約がヴェルサイユ条約である・・・と理解しておけば大丈夫です。これらは第一次世界大戦の終結とその後の世界のあり方を決定づけた重要な出来事です。この出来事が持つ歴史的背景と結果を理解することで、その後の世界史をより深く読み解くことができます。