フランス革命がヨーロッパにもたらした影響とは?

18世紀後半から起こったフランス革命は、絶対王政時代の常識を打ち破り、近代社会への画期となった市民革命でした。

 

それまでの封建的な社会を覆した事件でしたが、当時のヨーロッパ諸国にとっても衝撃的な出来事だったのです。

 

ヨーロッパの君主たちは、フランス革命のような動きが波及していくのを恐れていました。

 

ヨーロッパを含んだ各国で、より広範な市民主義やナショナリズムが広範に発展していくのは、より後の時代の19世紀に入ってからのこととなっています。

 

ここでは、フランス革命がヨーロッパにどのような影響を与えていったのかをご紹介したいと思います。

 

 

一時はヨーロッパ全土を支配したフランス

まず、当時のフランス革命では封建的な身分制の打破が目指されましたが、ヨーロッパ諸国では王政が続いていて、フランス革命に各国は大反対でした。

 

フランス革命の時代は共和派、後にナポレオンがフランスを指揮していくことになりますが、王政を廃止しようとしたフランスはヨーロッパ諸国を敵に回すことになってしまうのです。

 

フランス革命が起きた時のフランス王妃は、オーストリアのハプスブルク家から嫁いだマリ=アントワネットでした。

 

王家は革命に否定的でしたが、1789年10月に民衆のヴェルサイユ行進が起き、ヴェルサイユ宮殿が襲撃されたため、ルイ16世の国王一家はパリに移されることになります。

 

国王一家は1791年にヴァレンヌ逃亡事件でマリ=アントワネットの実家オーストリアに助けを求め逃亡しようとしますが、失敗に終わります。

 

マリ=アントワネットの兄、レオポルト2世はオーストリアとプロイセン共同でピルニッツ宣言を出し、ルイ16世王家の救出と王権の復活を望みました。

 

フランスでは王を中心とした立憲君主制の樹立を肯定する意見もありましたが、王政の廃止と共和制を主張するジロンド派の勢力が台頭していました。

 

フランスと王政諸国の全面戦争

ピルニッツ宣言を最後通牒と受け取ったフランスは、オーストリア・プロイセン軍に宣戦布告し、フランス革命戦争の口火を切ります。

 

その後フランスでは過激派のジャコバン派が台頭、さらに1793年にルイ16世が処刑されたことをきっかけに、イギリスはフランスと断交するなど対立は激化していきます。

 

そしてヨーロッパ諸国は増長するフランス革命勢力を打倒せんと第一回対仏大同盟を結成し、フランスvs全ヨーロッパ王政諸国という、ヨーロッパ全土を巻き込む戦争に発展していったのです。

 

そしてナポレオンの台頭などもあり、フランスは途中まで優勢を維持し、一時はヨーロッパ大陸の大半を支配下に置くほどの勢力を築いていました。

 

革命を機にナショナリズムが発展

途中まで優勢だったものの、全ヨーロッパを相手取った戦いにはやはり限界があり、最終的にはフランス軍の敗北となりました。

 

そしてナポレオン戦争終結後、ヨーロッパ各国の領土などを調整するため、1814年よりウィーン会議が開かれ、フランス革命前のような各国の勢力均衡を保とうと調整したウィーン体制が構築されます。

 

つまりは絶対王政時代のヨーロッパ秩序に戻そうとしたのです。

 

近代市民社会への転換

しかしフランス革命の動きと自由・平等を柱とした理念は、ナポレオンが征服した国々にすでに浸透しており、ウィーン体制に対抗する自由主義と民族の独立を求めるナショナリズムの思想を発展させることとなりました。

 

代表的なものが、

 

  • オーストリア・プロイセンを始めとした国が統一されたドイツ連邦に対して起こったドイツでの学生運動
  • ブルシェンシャフト、イタリア半島の統一を訴えた南イタリアのカルボナリの反政府運動
  • スペインでのブルボン王朝の復活に対して起こった立憲革命
  • ギリシアのオスマン帝国支配からの独立

 

などです。

 

他にも、ラテンアメリカ諸地域のヨーロッパの植民地支配からの独立、アメリカ画集国では1823年にモンロー教書でアメリカ大陸諸国に対するヨーロッパの不干渉を訴えることとなりました。

 

フランス革命は、ヨーロッパの君主側には反対する動きがありましたが、権利を制限されていた民衆側や独立を目指す民族側には革命や運動を起こすきっかけを与えたのです。

 

こうしてヨーロッパは旧来の封建的な社会から脱皮し、近代的な市民社会へと舵を切っていくのです。