戦間期のソ連

第一次世界大戦の長期化による不況が原因でロシア革命が勃発すると、ロシア帝政が崩壊し、戦後の混乱を経て、世界初の共産主義国家ソビエト連邦(通称:ソ連)が成立しました。

 

ソ連は成立後、大戦からの経済復興と計画経済(五か年計画)にもとづく工業化、農業集団化・生産拡大などに取り組みます。

 

世界恐慌で全ヨーロッパが不況に襲われる中、唯一影響を受けず成長を続けるなど、好調な出だしといえました。

 

クラーク撲滅

計画経済実現のための強引な農業集団化で深刻な飢饉が発生し、スターリンはその原因をクラーク(富農)にあるとして徹底的な弾圧を行っていました。

 

1917年から1933年にかけての追放、強制労働、処刑の中で、数十万人の人々と犠牲になったと考えられています。

 


▲クラーク追放を訴えるプロパガンダポスター

 

ナチスドイツとの接近

戦間期のドイツやイタリアでは不況による社会不安からファシズムが蔓延しました。

 

ソ連は反ファシズムの立場でしたが、英仏など資本主義国は、

 

「ファシズムよりも共産主義のが脅威」

 

と判断し、ファシズムを共産主義の防波堤にしようと、宥和政策をとるようになってしまいます。

 

しかしその目論みは外れ、ドイツは誰も予想しなかった「ソ連への接近」という道を選びます。

 

そしてソ連は1939年8月に独ソ不可侵条約を結んだうえで、翌9月ドイツとほぼ同時にポーランドに侵攻し、ポーランドの東半分の領土を占領。

 

そして英仏がドイツに宣戦布告したことで、20年間の平和に終止符が打たれ、第二次世界大戦が開始されたのです。