フランク王国の首都はどこだったのですか?

フランク王国で正式に首都が定められていたわけではなく、現代の「首都」とも性格は異なりますが、政治の意思決定を行うのは王宮の置かれた場所が首都であったと考えていいでしょう。

 

クロービスの死後、フランク王国は4人の息子たちに分割され、パリ、オルレアン、ソワソン、ランスの4都市に王宮が置かれていました。

 

中でもパリはその政治的・戦略的重要性から高い地位を占め、割れたフランク王国を再び統一したクロタール2世(584年〜629年)は、同都市を拠点に王国全土の統治を行っています。