ポーランド・リトアニア共和国全盛期の面積は?

ポーランド・リトアニア共和国は、1569年にポーランドとリトアニアの合同(ルブリン合同)により成立した連邦国家です。

 

国土は16世紀から17世紀にかけて最大になり、面積はおよそ100万平方キロメートルと当時のヨーロッパでは最大を誇りました。

 

広い領土を持つだけに擁する人口も1200万と当時としては桁違いで、多様な民族が暮らす多民族国家でもありました。

 

ルブリン合同

1569年7月1日、ルブリン合同と呼ばれる、ポーランド王国とリトアニア大公国の制度的同君連合によりポーランド・リトアニア共和国は成立しました。

 

この合同には、リトアニアが近隣のモスクワ大公国(ロシア)により危険にさらされていたことが背景にあります。

 

ポーランドとリトアニアは表向きは対等とされましたが、実質的にはポーランドによるリトアニアの併合される形でした。

 

領土の縮小と消滅

17世紀前半に黄金期を迎えましたが、17世紀半ばのウクライナ・コサックによる反乱以降衰退が始まります。

 

そして18世紀になると強大化した周辺国に国土をとり尽くされ、1795年のポーランド分割により、かつてヨーロッパ最大を誇ったポーランド・リトアニア共和国はヨーロッパの地図上から姿を消したのです。