ペルシア戦争とペロポネソス戦争の結びつきとは?

ペルシア戦争とペロポネソス戦争の関係

ペルシア戦争とペロポネソス戦争の関係は、前者の勝利後に生じたギリシャ世界の対立にある。アテネがデロス同盟を主導して勢力を拡大し、スパルタとその同盟が反発したことが直接の要因である。本ページでは、ヨーロッパの古代戦争や都市国家の競合、国際関係の変化などを理解する上で重要なこのテーマについて、より詳しく探っていこうと思う。

ペルシア戦争とペロポネソス戦争の結びつきとは?

ペルシア戦争とペロポネソス戦争はどのような結びつきがありますか?

ペルシア戦争はギリシア連合側の劇的な勝利と終わりましたが、この戦いの勝利に最も貢献したのは二大有力ポリスのアテナイスパルタでした。


とりわけアテナイは戦後、強力な海軍を有する海上貿易国家として急成長を遂げ、ペルシア再来に備えたデロス同盟を通して、他のギリシアポリスを間接的に支配することで、帝国然としたふるまいをするようになります。


これに対してスパルタを中心としたペロポネソス半島の諸ポリスが、ペロポネソス同盟を結成し、アテナイ率いるデロス同盟に対抗するようになりました。


そして両同盟による権力闘争が頂点に達したことで勃発したのがペロポネソス戦争なのです。アテナイは結果的にこの戦争に敗け、ギリシアにおける覇権をスパルタに譲り渡すこととなりました。


ペロポネソス戦争のきっかけとなったポティダイアの戦い