ナチスの紋章
「ナチス」とは、「国家(国民)社会主義ドイツ労働者党(Nationalsozialistische Deutsche Arbeiterpartei:NSDAP)」の通称で、元は反ヒトラー勢力がこの党に対する蔑称として用いていたものが定着したものです。
ナチス党の理念や主張を踏襲した社会思想や運動、支配体制のことを「ナチズム」といい、第二次大戦中、ナチス・ドイツ(別名「第三帝国」)の躍進にともない、ヨーロッパ中を蔓延し、ホロコーストをはじめ数々の人権侵害を引き起こしました。
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ナチズムを推進したアドルフ・ヒトラー
ナチズムはイタリアを発祥とするファシズムの一形態であり、共通する特徴としては全体主義・国家主義・民族主義・反ユダヤ主義・反共産主義などが挙げられます。この思想を土台に、「血と大地」「血の純潔」「ゲルマン民族の優位性」を訴え、「ゲルマン民族による統一国家の樹立とその支配拡大」を目指していたのがナチズムの特色といえるでしょう。
なお上述したように「ナチス」「ナチズム」はもともと政敵による蔑称であり、支持者は「National Sozialismus(NS)」と呼んでいました。
1919年、カール・ハラーにより、ナチスの母体となるドイツ労働者党が結成。20年ミュンヘンで党大会を開催し、「25か条綱領」をたてたのち、「国家社会主義ドイツ労働者党」に改称。21年からはヒトラーが党首に任命されました。
ヒトラー率いるナチスは突撃隊による街頭闘争を展開し勢力を拡大。ミュンヘン一揆を起こしたことで一度解党されますが、すぐに再建され、大衆組織(ドイツ労働戦線、ヒトラーユーゲント、親衛隊など)を利用しながら党員数を急速に増やしていきました。
ヒトラーは世界恐慌による社会不安を背景に、熱烈な支持を受けていた。
1929年世界恐慌が勃発し、ドイツ含め世界中の資本主義国が大不況に見舞われます。ナチスはこの経済危機にともなう社会不安を利用して、国粋主義・反共産・反ユダヤ主義をあおりながら、いっそう勢力を拡大していきました。
軍や財界、恐慌のあおりをうけた中間層・小農民の支持も得て、1932年には第1党に躍進。1933年にはついに政権を獲得するに至ったのです。25年には3万人ほどだった党員数も、政権獲得時点で400万人近く膨れ上がっていました。
ナチス政権は、他の政党を有名無実化して、一党独裁体制を確立。さらにヴェルサイユ体制打破を掲げて再軍備宣言を行い、「大ドイツ主義」にもとづく対外侵略(オーストリア併合、チェコスロバキア併合など)を推し進めていきました。
戦争をチラつかせた「脅迫外交」で英仏などをけん制しつつ、イタリア王国や東欧諸国と同盟を結び、「ゲルマン民族の統一」という理想に向かい、着実に勢力基盤を固めていったのです。
1939年、ナチス・ドイツは「グライヴィッツ事件」を口実にポーランドに侵攻を開始。今まで譲歩していた英仏もついに我慢の限界となり、対独宣戦と同時に第二次世界大戦の火ぶたが切られました。
ポーランドに進軍するドイツ軍を見送るヒトラー
ナチス軍は序盤は戦いを優位に進めていましたが、独ソ戦の敗北やアメリカの参戦で戦況が逆転。敗戦が確定すると、党首ヒトラーは自殺、ドイツ全土が連合軍に占領され、ついにナチ党は壊滅に追いやられたのです。戦後は結社を禁止されるなど「非ナチ化政策」が推進され、アドルフ・アイヒマンなど国外に逃れた党員に関しても、徹底した追跡のもと、見つかり次第厳しく処断されました。
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