
サヴォイア公国とは
サヴォイア公国とは、中世から近世にかけてアルプス地域で勢力を伸ばした国家である。フランスとイタリアの間に位置し、のちにイタリア統一運動に大きな役割を果たした。本ページでは、イタリア統一の背景や地域国家の役割、ヨーロッパ政治を理解する上で重要なこのテーマについて、より詳しく探っていこうと思う。
サヴォイア家は山を越えて王冠を得た。だが、その道は剣と策謀で敷かれていた。
─ イタリアの歴史家・インドロ・モンタネッリ(1909 - 2001)
サヴォイア公国(伊:Ducato di Savoia)は、15世紀から18世紀にかけ、イタリア北西部とフランス南東部に勢力を築いていた公国です。サルデーニャ王国(後のイタリア王国)の前身となりました。フランスを発祥とする国家ですが、16世紀には拠点をイタリアのピエモンテ地方に移し(フランスのシャンベリから、イタリアのトリノに遷都)たため、徐々にイタリア系国家としての色彩が強くなっていきました。
1003年、ウンベルト・ビアンカマーノが、神聖ローマ皇帝よりフランス南東部の伯爵に任命されたことでサヴォイア(伊:Savoia)が成立。その後はサヴォイア伯国としてフランス文化の影響を受けながら発展し、婚姻政策や征服によりイタリア北西部にまで領土を拡大していきました。そして1416年、神聖ローマ皇帝ジギスムントより、サヴォイア伯アメデーオ8世へ「公爵」の位を与えられ、ここにサヴォイア公国が成立したのです。
1720年、四国同盟に基づき、シチリア島と交換にサルデーニャ島を獲得。同時にサルデーニャ王の称号を手にしたことで、サルデーニャ王国が成立しました。その後もサヴォイア公爵領は、1861年にイタリア王国に併合されるまで存続しました。
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