サルデーニャ王国

サルデーニャ王国とは

サルデーニャ王国とは、近世から近代にかけて存在したイタリア半島西部の王国である。最終的にイタリア統一を主導し、1861年にはイタリア王国へと発展した。本ページでは、イタリア統一の過程や王国の役割、近代ヨーロッパの国際関係を理解する上で重要なこのテーマについて、より詳しく探っていこうと思う。

サルデーニャ王国

サルデーニャ王国(伊:Regno di Sardegna)は、18世紀から19世紀にかけ、現イタリアのピエモンテ州、リグーリア州、サルデーニャ州などを支配していた、イタリア王国の前身となった国家です。サヴォワ(現在のフランス南東部)出身のサヴォイア家が代々君主を務める王政国家でもありました。なお拠点がイタリア半島のピエモンテ地方に置かれていたため、ピエモンテ王国とも呼ばれます。


サルデーニャ王国の歴史

サルデーニャ王国の国旗


1815年時点でのサルデーニャ王国の領土


サヴォワ(フランス南東部)を発祥とするサヴォイア公国が前身です。同国は徐々にイタリア方面へと勢力を拡大。1720年、シチリアを手放す代わりにサルデーニャ島の支配権を獲得し、「サルデーニャ王」の称号を得たことで、サルデーニャ王国として生まれ変わりました。


イタリア王国へ

サルデーニャ王国は19世紀中期より、イタリア統一運動(リソルジメント)を主導。当時イタリア半島を支配していたハプスブルク家ブルボン家の掃討に乗り出し、1861年ジュゼッペ・ガリバルディによる南イタリア征服をもってイタリア統一を完成させました。そして新たに建国されたイタリア王国の君主号は、サルデーニャ王国に引き続きサヴォイア家が世襲していくことになりました。


ガリバルディ、マッツィーニと並び「イタリア統一の三傑」と称されるサルデーニャ王国首相カミッロ・カヴール