フランス革命戦争が勃発した原因とは?

フランス革命戦争とは、1792年から1799年まで続いたフランス対ヨーロッパ諸国の戦争の総称です。自国にフランス革命の悪影響が及ぶのを恐れたヨーロッパの絶対王政諸国がフランス革命に介入したことで、ヨーロッパ全土を対象とする大規模な戦争に発展しました。ここでは戦争が起きた原因と戦争の結末について、簡潔に解説していきます。

 

 

フランス革命戦争が起こった原因とは?

1789年に国に対しての不満が爆発し、フランス国民は大規模な革命を決行しました。革命の中で、国民はヴェルサイユ宮殿に向かい、王族全員をパリに幽閉。91年、一家は脱出を計るも失敗し、ヴァレンヌで逮捕され、かえって民衆の怒りの火に油を注ぐ結果となってしまいました。

 

そして妹マリー・アントワネット(ルイ16世の妃)の身を心配した神聖ローマ皇帝レオポルト2世は、プロイセン王とともにフランス王を擁護し革命勢力を牽制する宣言を出し(ピルニッツ宣言)、フランス革命に干渉しました。

 

しかしこれを脅迫(最後通牒)と受け取った革命政府が、断固とした姿勢を示し、オーストリアに宣戦布告したことで開戦へといたったのです。

 

フランス革命戦争の結果は?

フランス革命戦争を見かねたヨーロッパ諸国は、1793年にイギリスを中心に第1次対仏大同盟を結成し、フランスに対抗します。しかし、フランス国民の革命の熱気には勝てませんでした。ここで1797年にオーストリアが一度戦争から脱落します。

 

しかし、翌年にも第2次対仏大同盟が結成され、オーストリアが再び戦争に参加します。この時、フランスはかなり劣勢でしたが、エジプト遠征から帰還したナポレオンによる反撃で、フランスは再び優勢となり、オーストリアとイギリスが講和に応じることになりました。

 

この結果、フランスは革命政府の国際的な承認と広大な領土を獲得し、フランス革命戦争は終結しました。